確か私もJALカードは持っているはずだ。JALが国際線しか運航していなかった頃をしる私は、JALが国内線の運航に参入するようになってすぐにJALカードを作った。そこにはまるでゴールドカードを持つようなステイタスがあった。
東京-大阪間に複数の航空会社が顧客の争奪戦を繰り返していた頃は、朝一番に乗れば簡単な朝食さえ出されたのを今は懐かしく思い出す。
そういえば伊丹-千歳間の朝一番のフライトでも簡単な朝食が出されたように思う。
そして必ずJALカードを機械に差し込んで貯まったポイントを確認したものである。
インターネットが普及しはじめて便利になったのが、インターネットでの予約と搭乗受付をJALカードでできるようになったことだ。
そういえば、機内販売というものが今もあるのだろうか。
シートの前にあるネットには必ず挟み込まれているショッピング雑誌には機内販売されている商品もいくつか掲載されていた。ふと友達の子供にと思いついて、イメージキャラクターであったスヌーピーのぬいぐるみをJALカードで購入したのを覚えている。
ちなみに、貯まったポイントでJALの機内アテンダント専用旅行鞄をゲットした。あれからすでに10年は経過しているが、いまでもずっと使い続けている。
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神戸に田舎があり祖父も祖母も元気でいれば、年に一回は東京-神戸間を行き来する。
得意先が大阪にもあるから景気の良かったとき程のことはないにせよ、東京-大阪間を行き来する。品川に新幹線が止まるようになって便利さは増したものの、如何せん料金が飛行機よりも高額になる。第一飛行機であればマイレージが貯まる。今はクレジットカードで買い物をしたポイントもマイレージに変えてもらえるからますますそのお得感は否めない。
仕事はともかく帰郷であれば数か月まえから決められるからマイレージだけでなく飛行運賃も値引きされる。
良いことづくめではないことに気づくのに、そう時間はかからなかった。
確かに関空-羽田間の廉価チケットを入手することはできたしマイレージも貯まったが関空での食事や大阪までの運賃は高額だった。
神戸空港ができて神戸-羽田間の激安チケットを入手し神戸空港から三宮間の交通の便も良かったが、たった1時間ちょっとのフライトであったがどうにも窮屈でしかたがなく終日不快感が消えなかった。
今はすでに新幹線を利用して出さえもしかしたらマイレージが貯まるのかもしれない。
だとしても、何かに踊らされているように思う今日このごろである。
今もそうなのかはしらないが、おおよそ10年ほど前に、ライターを職業にして年間売上が1000万円上げていてさえクレジットカードを独力で作ることは叶わなかった。サラリーマンであれば勤続2年も働いていれば否、大手企業であればそこに在籍しているだけでクレジットカードは持てた時代であった。ライターに限らずグラフィックデザイナーやフリーのディレクターなどなど、とにかく「カタカナ文字の職業はクレジットカードを作れない」というのは雑誌にさえ掲載される、いわば一つの日本社会の謎であった。それほどまでにフリーであることは社会に認知されなかったといえる。
わたしはどうしてもカードが作りたかった。それもどうしてもゴールドカードがである。
父はその頃、大手ゼネコンの下請け会社代表取締役社長であったから、そこに泣きついた。
私には取引のなかった銀行の担当者はその話を聞いて、新規の口座を作って1,000,000円を入金することを条件にゴールドカードの申込みを取り次ぎましょうとのたまった。
それほど銀行は強かった。今強いか弱いかはともかく、私のクレジットカードに対する考え方は変わった。ゴールドカードを差し出すときの快感はもうなくなったのだ。そしてポイントが貯まる快感も。
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